南宮(なんぐう)神社(宮城県多賀城市南宮字色の地339)
多賀城市南宮の水田地帯の真ん中に鎮座しています。黄金色に実った稲の中に立つ朱色の鳥居は日本の原風景を思わせます。
安永3年(1774年)の「南宮村風土記御用書出」には「南宮明神社」と見え、村の名前はこの神社の名にちなむものとされています。(中略)神社は別名「紫明神」といい、そのことから「色の御前」とも言われるようになったとあります。(中略)「色の御前」について、『多賀城町誌』や『多賀城六百年史』は次のような伝説を紹介しています。
神社には、金山彦命、金山姫命(かなやまひめのみこと)が祀られていましたが、八幡村に鎮座していた若佐姫命(わかさひめのみこと)という女性の神様が、大津波によって南宮村まで押し流され、南宮神社に合祀(ごうし)されることになったことから、「色の御前」と呼ばれるようになったとのことです。
南宮神社は明治43年(1910年)、日吉(ひよし)神社(山王村)などとともに市川村の村社である奏社宮(そうしゃのみや)に合祀されました。(多賀城市文化財課HP「多賀城市の文化財」から引用)
奏社宮に合祀された翌年、村に疫病が流行ったので村人たちが伺いを立てたところ、合祀された先が男の神様ばかりで居心地が悪く元南宮神社の女の神様がたたりをなしたとの託宣だったので、村人たちが当地に社殿を立て直し再び祀ったということです。(前掲「多賀城市の文化財」参照)
EOS R, EF17-40mm F4L USM