2026年2月2日月曜日

天満宮(天神沢)

天満宮(宮城県仙台市泉区天神沢1丁目17-6)

泉区天神沢の3階建ての市営住宅団地の奥に鎮座しています。


 鳥居の右側にある建物は町内会の集会所です。この神社は町内会が管理しているものと思われ、かつて近くにあった東北学院大学泉キャンパスの学生が祭日に神輿を担いだという記録が残っています。(東北学院大学HP「本学学生が天神沢町内会の天満宮祭典に参加」(2016年5月20日)参照)



 国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」に宮城県図書館が掲載した内容によると、当天満宮の由緒・縁起について文献上確たることは判らなかったとのこと。しかし、市名坂村の「天神沢」という小字は「安永年間(1772-1781)と明治17,18年(1885)の間にできた小字である可能性があ」るということなので、当時天神を祀った神社がこの地にあったことは確かなようです。

EOS R, EF35mm F1.4L USM

2026年1月10日土曜日

藤子山神社

藤子山神社(宮城県仙台市宮城野区岩切鴻巣南82-48)

 宮城野区岩切の住宅街。鴻巣4号公園という小さな公園の一角に鎮座しています。東に100ほどのところに七北田川が流れています。


「神明社の歴史は古く、留守氏の天正十八年(一五九〇)「岩切居城知行調」に「しんめひ」はたの事、八百地、田之事三百かりと見える。」

「神明社(堰下一番地)の祭神は天照大神・豊宇気姫で明治四三年(一九一〇)八坂神社に合祀された。」

「以前は七北田川の川べりで鴻巣遺跡の中にあった(新幹線西側)。」

「明治三七年(一九〇四)の台風により流されて現在地の堤防に引掛かっていたものを引き上げ、鴻巣南八八番地にお祀りしたという。明治四三年(一九一〇)廃止されたが昭和五四年(一九七九)に復活し現在地にお祀りされた。」

「藤子山神社になったのは昭和五四年(一九七九)で余目の氏神様としてお祀りしている。」(境内掲示「藤子山神社(神明社)」から引用。本文の順序を入れ替え、年号の明らかな誤りを一部訂正しています。)

 1979年にいかなる経緯で復活したのか、何故に藤子山と呼ばれるようになったのか等、まったくもって判りませんが、大切に祀られているようです。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

2025年12月22日月曜日

光明稲荷大善神社

光明稲荷大善神社(宮城県仙台市宮城野区榴岡4丁目11-11)

 宮城野区の日蓮宗孝勝寺の境内に鎮座しています。



 一の鳥居の脇にある、この神社の由来を説明している掲示板によると、この社は光明山孝勝寺開山以来の山門の守り神であるとのこと。

 社殿の鈴緒の取り付けられているのが神道の本坪鈴ではなく、お寺の鐘になってるなど、仏教色が強いなあとも思いましたが、稲荷神社を称しており狛狐もいるので掲載することにしました。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

2025年12月16日火曜日

宮城県護国神社

宮城県護国神社(宮城県仙台市青葉区川内1)

 青葉区の青葉城址に鎮座する宮城県護国神社です。

 この日(12月16日)には初詣に備えた施設の設営が行われていました。





明治天皇の思し召しにより明治維新から大東亜戦争に至るまで、幾多の戦役でわが国の平和と繁栄を念じつつ、尊い生命を御国に捧げられた郷土出身者の御霊を祀る。明治37年(1904)8月27日ここ仙台城(青葉城)本丸城址に招魂社として創建され、昭和14年(1939)内務大臣指定護國神社となり、昭和20年(1945)7月仙台大空襲の戦火により社殿施設を全焼したが、戦後多くの困難を乗り越えて現在の姿に復興した。(宮城縣護國神社HP「由緒」から引用)

 境内社の浦安宮です。

 左宮と右宮があり、向かって右側の左宮には天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)、左側の右宮には伊達政宗公などが祀られています。

 すぐ近くの青葉城址には仙台のシンボルともいえる伊達政宗の騎馬像があり、たくさんの観光客で賑わっていました。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

2025年12月6日土曜日

古峯神社(大河原町西)

古峯神社(宮城県柴田郡大河原町西468-1)

 大河原町から東北自動車道村田ICに向かうため「蔵王さくらロード」を車で通っていたところ、集会所らしき建物の敷地に真新しい赤い鳥居を見つけました。


 近くに点在していたお堂や神社、石碑などを、町が中心となって2025年10月に移転・集約したもののようです。

 その中の古峯神社は、日本武尊(やまとたける)を祭神とする火防にご利益のある神社です。

 境内掲示の「合祀へのあゆみ」によると、周辺の宗教施設を集約した理由は「高齢化や後継者の減少などにより、参拝者や清掃等の安全が図れない」からとのこと。時代ですねえ。

Canon PowerShot S120

大高山神社(金ケ瀬新開)

大高山神社(宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬新開126-1)

 大河原町金ケ瀬新開の有料老人ホームの裏手に鎮座しています。


大高山神社は、敏達天皇元年(五七二)に、新開「台の山」に創建されたと伝えられている。火災により焼失したのは、諸説を総合してみると元禄三年(一六九二)初めのころと推定される。その後、元禄四年十二月頃「台の山」よりこの地(新開一二十六の一)に、遷宮祀され大正三年(一九一四)までの二百二十年余り鎮座したと思われる。(略)平成二十五年(二〇一三)五月総代副会長海子保雄様が発案しご尽力により、(株)ヒルズ様が屋根を銅板葺きにし、この地に旧大高山神社として神殿を移築奉納して頂いたものである。(境内掲示「大高山神社跡地について」から引用)


 この地は、現在、国道4号に面した金ケ瀬台地にある、さくらの名所として有名な大高山神社がかつて鎮座していた跡地です。境内には教育委員会が立てた「大高山神社跡地」の標柱があります。

 社殿を奉納した(株)ヒルズは、この近くで「とんとんの丘もちぶた館」を運営している豚肉などの食品製造業者で、もちぶた館の敷地には「とんとん神社」という神社を建立しています。

Canon PowerShot S120

2025年11月29日土曜日

吉窪神社

吉窪神社(宮城県仙台市宮城野区岡田字浜通り29)

 宮城野区岡田の浄土宗照徳寺の境内、といいますか墓地の一画に鎮座しています。


主祭神 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

江戸後期に仙台藩に提出された「風土記御用書出」によると、その当時、浄土宗海見山照徳寺に鎮座されていることが記されている。勧請された時期は、天正拾九年(一五九一)頃と思われる。明治ニ年(1869)に正一位吉窪大明神から吉窪神社と改称、産業の神として広く篤く崇敬されていた。(境内掲示「吉窪神社略史」から引用)


  伏見稲荷大社の主祭神である倉稲魂命を祀っているので狛犬ではなく狛狐です。

 2011年の東日本大震災では津波により本堂、鞘堂、長床が全壊しました(前掲「吉窪神社略史」参照)。現在の本殿は再建されたものです。

EOS R, EF35mm F1.4L USM