2026年3月12日木曜日

鹿野八幡神社

鹿野八幡神社(宮城県仙台市太白区鹿野本町17)

 太白区鹿野の人一人がやっと通れるような細く曲がりくねった道を上って神社のある広い場所にたどり着いたのですが、Googleマップが指示した最短の道を通ったためで、もっと広い道路が他にあるのかもしれません。



 仄聞によれば源義家の勧請と伝えられている。詳細の記録は不明であるが、相原家が現有する記録からみて元和年間(一六二〇年)に畑塒地内に鎮座し、この地一帯の守護神として地区住民の信仰を集めていた神社である。(略)
 当、鹿野八幡神社は、相原家が代々管理し、その運営は鹿野地区に古くから活動していた契約会の人達が当たっていた。(略)
 昭和三十八年(1963)七月、鹿野八幡神社を管理してきた相原家より本殿及び参道を含めて寄付の申し出をする。それ以来、鹿野全域の総代会によって管理運営され今日に至っている。
(境内掲示「鹿野八幡神社由来の概要」から引用)


 覆屋の中に祭神が祀られていると思われる祠が収められていました。



 境内に石碑がいくつか建っています。由来説明にあるとおり、総代会によって丁寧に管理されているようです。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

深山神社(土手内)

深山(しんざん)神社(宮城県仙台市太白区土手内1丁目3-14)


 太白区土手内の住宅街の集会所に隣接して鎮座しています。

 鳥居の外側を走る道路に面して馬頭観音など数基の石碑があります。


 太白区郡山に鎮座する諏訪神社に深山神社という境内社があり、社殿の前に掲示している由緒説明板に「祭神 大山祇神 明治四十五年(1912)五月二日砂押町より合祀する。木華開耶姫命の親神。山の神、恵みの神として金運や商売、そして酒造の神としても信仰される。」と記されています。

 この神社は諏訪神社に合祀された後も地域の守り神として信仰されているものと思われます。


 覆屋の中に石製の祠が確認できました。

EOS R, EF17-40mm F4L USM

2026年2月20日金曜日

尾島ケ崎護防稲荷神社

尾島ケ崎護防稲荷神社(宮城県塩竈市尾島町21)

 塩釜市尾島町の民家の脇道を上っていくのですが、この先に神社があると知っていなければ上らない道でしょうね。

 神社があると知っていても熊が出そうで不気味です。

 しばらく進むと社殿が見えてきます。



 覆屋の中に祠があって御幣が祀られていました。この神社の由緒等は不明ですが、現在も丁寧にお世話をされているようです。

 社殿の脇に鳥居のものと思われる残骸が置かれていました。Googleマップには社殿の前に鳥居が建っている2018年12月時点の写真が掲示されています。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

祓ケ崎稲荷神社

祓ケ崎(はらいがさき)稲荷神社(宮城県塩竈市尾島町3-1)


 JR東日本仙石線「本塩釜」駅前のホテルとカフェの間の坂道を上っていきます。



祭神 猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)、倉稲大神(うかのみたまのおおかみ)、大宮比賣大神(おおみやひめのおおかみ)

創祀不明なれど、かつて伊達藩主の鹽竈神社参の折には現在の多賀城市下馬にて降馬し、この地に於いて祓い清めた後に参詣された由、また鹽竈神社の御神馬はじめ流鏑馬神事に臨む騎手も祓いを修するなど鹽竈神社の祓所としての役割を担っていたことから「祓ケ崎」の社号となったと伝えられます。文政三年(一八二〇年)京都の伏見稲荷大社より霊璽を奉還して正式に稲荷神社となりました。(社務所前掲示「祓ケ崎稲荷神社 縁起」から引用)

 社殿を別の角度から撮影したもの。左側が本殿、右側が拝殿です。

 拝殿の向かいに狐像がたくさん収められたお宮がありました。

 社殿から少し下がったところに社務所があります。

EOS R, EF17-40mm F4L USM

小室ケ崎稲荷神社

小室ケ崎稲荷神社(宮城県塩竈市旭町5)

 JR東日本仙石線「西塩釜」駅と「本塩釜」駅の中間くらい、塩釜湾から5、600mほどの場所に鎮座しています。

 本殿まではしばらく石段を上る必要があります。



 小室ケ崎という社名から判断すると、この場所はかつては岬になっており周辺は海だったと思われます。神社のふもとの現「尾島町」は、昔は尾島という島で、入江が埋め立てられて今の平地になったとのことです。(菊地勝之助「宮城県地名考」参照)

 ただ、この社の由緒等を示す資料がなく、いつからこの神社がここに鎮座していたかは不明です。

EOS R, EF17-40mm F4L USM

青木神社

青木神社(宮城県塩竈市南町8-14)

 JR東日本仙石線「西塩釜」駅から北に400mほど。企業の駐車場の間を抜けて石段を上ります。

 塩釜の神社には石段が付き物のようです。


主祭神 青木神

本社の創祀年代は明でないが、鹽竈大神の従属の神として古来14末社の第一に挙げられている。後、退転したが、元禄3年(1690)、塩竈新河岸町百姓勘右衛門なる者、心願成就報賽の為社殿を再興した。慶応4年(1868)塩竈町大火の際社殿炎上、故址に仮宮を造営して今日に及んでいる。尚、当社に伊達藩中興の英主贈従三位伊達綱村卿(肯山公)を配祀した年月を伝えないが、貞享の恩令の渥きに感激した邑民は、即ち鹽社第一末社に其の英霊を配祀するに至ったものである。今綱村卿真筆懐紙を神体と崇め祀っている。社殿の老朽化が深刻な問題として、総代を始め氏子から声が上り平成6年(1994)9月4日、例祭日に竣工奉告祭を行う。(宮城県神社庁HPから引用)

 境内社の古峯神社です。石碑のみの神社です。上記の由緒説明によると1868年の塩釜の大火の際に社殿が炎上したとのことなので、火伏せの神を境内に祀っているのでしょうか。

EOS R, EF17-40mm F4L USM

2026年2月13日金曜日

山の神神社(塩釜市)

山の神神社(宮城県塩竈市南町7)

 塩釜市南町の住宅地の奥まった場所に鎮座しています。


 雑然とした感は否めないものの、お世話をする人はいるようです。

 この社の由緒等は不明ですが、鳥居の下に「山の神」と記した板があったので「山の神神社」と呼ばれているものと推測します。

 地元の人は鹽竈神社のことを「お山」と呼びます。塩釜には山を対象とした信仰が方方に残っていると感じられます。

EOS R, EF17-40mm F4L USM