仁和多利(にわたり)神社(宮城県多賀城市笠神1-7-20)
多賀城市笠神の住宅街。坂道を上りきった場所に鎮座しています。
主祭神 武内宿称(たけのうちのすくね)
後醍醐(ごだいご)天皇の元応(げんおう)元年(1319年)、村内の人々が病門守護神として、村の裏鬼門(南西方向)に勧請(かんじょう)したのが始まりとされています。
江戸時代には「仁和田里権現(ごんげん)社」と称しており、笠神字上ノ台(うわのだい)(現在の鶴ヶ谷。多賀城公園のある丘陵付近)に鎮座していました。神社には、元禄(げんろく)12年(1699年)、宝永(ほうえい)7年(1710年)、元文(げんぶん)4年(1739年)、文政(ぶんせい)11年(1828年)の棟札が残されており、たびたび建立や修理が行われていたことがわかります。
明治4年(1871年)、神仏分離令に伴い、権現号を廃して「仁和田里神社」となり、明治11年(1878年)、現在の「仁和多利神社」という名称になりました。(多賀城市文化財課HP「多賀城市の文化財」から引用)
こちらは本殿です。
明治の終わり頃に当神社に合祀されたとされる笠石神社です。「笠神」という当地の地名の起源となったとも言われています。この近辺にあったという神明社との関連も指摘されています。(前掲「多賀城市の文化財」参照)
EOS R, EF35mm F1.4L USM
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