高砂神社(宮城県仙台市宮城野区蒲生字町86-1)
宮城野区蒲生の蒲生干潟に近接する、東日本大震災後に土地区画整理事業が実施された一画に鎮座しています。
主祭神 底綿津美神(そこわたつみかみ)、中綿津美神(なかわたつみかみ)、表綿津美神(おもてわたつみかみ)、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)
万治2年(1659年)江戸藩の米穀運輸のため塩釜村浦海より大代村を通り蒲生村まで堀割りの節、佐々木只太夫藩命をうけて土木の事に従事す。この地に至り泥地にて1日掘れば一夜にして埋もるという状態で困却し、成就の祈願をこの神に請うたところ、霊験により成就した。依って社殿を営んで神恩に奉謝した。その後、藩主某この地に来り地に来り地形が播州高砂浦に似ていることから社名を高砂神社と称し、地名を高砂といった。爾来本社は蒲生北方の鎮守として信仰された。明治5年(1872)1月村社に列する。近年に至り仙台新港の開設に伴い、現在の地に新殿を造営して遷し奉る。(宮城県神社庁HPから引用)
上記の由緒説明は2011年の東日本大震災以前に書かれたものです。
蒲生地区は震災の際4mを超える津波に襲われたところで、当時の高砂神社の本殿や社殿も津波で全壊しました。
その現状を兵庫県高砂市にある高砂神社の宮司が知って心を痛め、仮社殿の「お宮」をトラックで運んで寄進したということです。
その仮社殿の「お宮」がこちらで、今も現在の社殿に並んで設置されています。
現在の社殿は関係者の尽力で2021年に再建されたものです。(以上、2025.9.6河北新報朝刊を参照)
EOS R, EF17-40mm F4L USM
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