2024年2月12日月曜日

櫻岡大神宮

 櫻岡大神宮(宮城県仙台市青葉区桜ケ岡公園1-1)


 仙台市民のお花見スポット「西公園」にある櫻岡大神宮です。広い公園内に鎮座し、市民に親しまれている神社です。


主祭神 天照皇大神、豊受大神(とようけのおおかみ)

古く宮城郡荒巻村に鎮座神明宮と称えた。伊達政宗篤くこれを祀る。元和七年(1621)伊勢神宮の御分霊を勧請し伊勢堂山に遷す。天和二年(1683)伊達綱村規模を拡張し社殿を改築。祭典には奉行職を以って代拝せしめ累代の藩主継嗣の時参拝するを例とし、伊達家累代崇敬の社であった。明治五年(1872)現在地の北東に遷り同八年(1875)県社に列し社号を桜岡大神宮と改める。大正十五年(1926)現在地に社殿を造営移転した。(境内掲示の由緒説明から引用)



 この公園内には、かつて仙台市民図書館や仙台市天文台などの文教施設があり、私の子どもの頃は仙台市民会館の前身である仙台市公会堂があったことも覚えているのですが、老朽化や地下鉄工事などのため皆移転してしまいました。

 それに対し、この神社が無事この地に残っているのは、伊達家に篤く崇敬された由緒によるところでしょうか。


 今年は例年にない暖かさで、2月のこの時期に境内の梅の花が咲いていました。


  ”花より団子”という人には神社の隣にお茶屋さんがあります。このお茶屋さんも明治の初めからこの場所にあるとのことです。

EOS R, EF17-40mm F4L USM 

2024年2月9日金曜日

柳生天神社

 柳生天神社( 宮城県仙台市太白区西中田2-16-27)


 中田神社から徒歩7分ほどの住宅地にあります。Googleマップがないと探すのが難しい神社です。


 小さな社殿がひとつと鳥居の跡らしきものだけがあり、空き地のような敷地を境内と呼んでいいか迷うところです。


 扁額など神社名を示すものが何もないため、この社が天神社であるか実のところは判りません。

 しかしながら、このすぐ近くに「天神ふれあいセンター」という地域のコミュニティセンター(集会所)があることから、その名称の由来となったのがこの天神社だと考えていいと思います。

 とはいえ、由緒等は不明です。


 赤い屋根の下に祠があり、塩が供えられていました。

 祠が錠で閉じられているということは、それを開ける鍵を持っている人がいることを意味しますので、お世話をしてくれる人はいるようです。

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM

中田神社

 中田神社(宮城県仙台市太白区西中田1-20-12)


 JR東北線南仙台駅から徒歩3分のところに鎮座しています。


  境内が広く、たいへん大きな神社です。

 

 拝殿と本殿です。本殿の威厳に圧倒されます。


祭神 伊賀津智命(いかづちのみこと)、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)、素盞鳴命(すさのをのみこと)、名取老女命(なとりろうじよのみこと)、熊野加夫呂杵櫛御食野命(くまのかぶろぎくしぬけのみこと)

 この神社の由緒を境内の説明板から引用します。

当社は、明治22年(1889)4月の町村制発布により地区4ヶ村、旧前田村、旧柳生村、旧四郎丸村、旧袋原村が合併し中田村となったのにともない、旧各村に各々鎮座していた神社も明治42年(1909)3月に、旧柳生村に鎮座し1171年藤原秀衡により建立された雷神社に、旧前田村の神明社 老女宮 熊野神社を、旧四郎丸村の神明社を、旧袋原村の八坂神社を合祀し、更に翌年現在地に遷座し中田村神社と称号して当地区の産土神として鎮座しましたが、その後の地区の発展等にともない、又当社の歴史的背景も鑑み平成9年(1997)3月に神社本庁並びに宮城県の認証を得て中田神社と名称変更し今日にいたっております。


 小さな神社が大きいところに合祀されるのはよくあることですが、これだけの数の神社が一挙に合祀されるのは珍しいのではないでしょうか。

 宮城県神社庁のHPによれば、地区の4か村の神社が合祀されたのは「各々村社として鎮座していた神社は維持困難とな」ったからとのこと。現代において小規模な農協が経営強化のため合併するのと似ていますね。

 神様もたいへんだったかもしれませんが、4か村の神社を合祀するという難事業を成し遂げた人の力技に感心します。

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM

2024年1月31日水曜日

古城神社

 古城(ふるじろ)神社(宮城県仙台市若林区河原町2-7-10)


 河原町周辺は神社の多いところで、この日5軒目の訪問です。

 当社は河原町から宮城刑務所(かつての若林城があった場所)に達する道路に鎮座しています。


主祭神 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)

 宮城県神社庁のHPに掲載されている由緒は文学的表現が強く長いため要約して引用します。

昔、広瀬川は洪水のたびに流域が変わり住民が苦しんだ。ひとりの行人(遠行聖人と伝う)が人柱となり生き埋めとなって祈願したところ、その年の秋から河の流れが変わり流域は見渡す限りの沃野となった。村人は行人の恩を忘れぬように塚を築き、行人が祈願した神を祀って神殿を造り崇敬したと伝う。

 神社が建っている場所は行人(ぎょうにん)塚と呼ばれ、周辺のかつての地名となり、現在はJR東北線の踏切名として残っているとのことです。


 神社の前には花鉢が2つ置かれ、管理も行き届いています。村を救った行人への崇敬は今も残っているようです。

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM

新弓ノ町八幡神社

 新弓ノ町八幡神社(宮城県仙台市若林区新弓ノ町50)



 仙台市立南材木町小学校の西200mほどの場所に鎮座しています。


主祭神 応神天皇


 境内に由緒説明板があるのですが、ひじょうに長いので仙台市HPから由緒を引用します。

新弓ノ町は弓ノ町の弓衆が寛永14年(1637)以降この地に移されて割り出された。この神社は京都男山八幡宮を勧請したもので、境内の横には弓道場があったらしい。境内には4代藩主綱村や5代藩主吉村に仕えた藩の重鎮、布施定安が祀られて布施大明神となっている。布施は、加増される時にここの弓足軽を取り立てを進言した町の恩人だった。(仙台市HP「若林区 神社めぐり 南材界隈」)


 自禄で弓組三十六戸を新設し伊達藩南門の武備としたことにより町の恩人となった布施定安を祀った末社の布施大明神です。


 布施大明神の社殿は真っ白です。この色の社は見たことがありません。定安が隠居後に布施白水と改名したことと関係があるのかもしれませんが、調べきれておらず不明です。

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM

金刀比羅神社

 金刀比羅(ことひら)神社(宮城県仙台市若林区南材木町75)


 旧国道4号からひとつ東に入った道路沿いに鎮座しています。


 この道沿いには白壁の蔵がいくつか点在し歴史を感じさせます。それも道理、ここは昔の奥州街道です。

 この周辺は南材木町という地名で、その名のとおり寛永年間(1624~43)に若林城の城下町として割り出され、木材の専売権を許された町。延宝3年(1675)までは、材木のほかに煙草の専売権を持ち、隆盛を誇ったとのことです。(仙台市HP 「若林区 奥州街道を歩く」を参照)




 この神社は、もともと地主であった向かって右隣の「針惣」の屋敷神で、明治初期に廃絶されたものを昭和23年(1948)になって町の人たちが町の鎮守として建て直しました。

 「針総」は昭和26年(1951)から62年(1987)までは旅館だったとのこと。市川房江、幸田文、角川源義など多くの著名人が定宿にしていたそうです。(以上、前掲仙台市HPを参照)


 しかして、この日、旧針総旅館の奥を覗いたところなにやら工事中で、もしかすると解体の最中なのかも知れません。いや、外観には手が入っていないので内部の補修をしているだけなのでしょうか。

 この建物が解体されるとすれば神社の存亡にも大きく関わりますので、そうでないことを切に祈るばかりです。

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM

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2024.02.10補筆

 旧針総旅館について「仙台市の「杜の都景観重要建造物等」に指定されている、若林区南材木町の「旧針惣(はりそう)旅館」が、古民家のたたずまいを生かしたレストランや宿泊施設にリノベーションされる。一部はコミュニティースペースとして貸し出す予定で、来年春のオープンを見込んでいる」(2023.08.10河北新報ONLINEから引用)という記事を見つけました。解体ではなくてよかったです。

秋葉神社

 秋葉神社(宮城県仙台市若林区河原町1-5-11)


 仙台市地下鉄南北線河原町駅の南口を出るとすぐの場所にあります。


町の守護神で古くから信仰をあつめ、特に火防の神として信仰されている。200戸余りを焼失した明治10年(1877)の河原町大火後、火伏せの御神輿(おみこし)をつくってからは火事がなくなったという。(仙台市HP「若林区神社めぐり 南材界隈」から引用)


 火防の神として厚い信仰をあつめる静岡県浜松市の「秋葉山本宮秋葉神社」は、全国に存在する秋葉神社の総本宮であり、当社もその分霊を祀ったものであろうとのことです。(木村孝文「若林の散歩手帖」参照)



 この神社周辺が「河原町」と呼ばれたのは広瀬川岸に広がっている町だから。藩政時代はここが城下の南の入口で、多くの人々が道端や畑に野菜を並べて売っていたといわれています。(仙台市HP「若林区 奥州街道を歩く」参照)

EOS R, EF24-105mm F4L IS USM