住吉神社(宮城県仙台市宮城野区福室平柳81)
宮城野区福室の住宅地に鎮座しています。地域の集会所が隣接しており、境内はちびっ子広場にもなっています。
住吉神社(宮城県仙台市宮城野区福室平柳81)
宮城野区福室の住宅地に鎮座しています。地域の集会所が隣接しており、境内はちびっ子広場にもなっています。
賀茂皇大神社(宮城県仙台市宮城野区岡田字明神東1)
宮城野区岡田に鎮座しています。すぐ近くに高架式の仙台東部道路が通っています。
拝殿です。
主祭神 別雷神(わけいかづちのかみ)
人皇第五十五代文徳天皇の御代、今より千百六十余年前嘉祥年中(848~850)慈覚大師が上岡田に来臨賀茂大明神別雷神を勧請され、その数年前の承和年中(834~848)、仁明天皇の御代岡田の南東を流れていた冠川(現在の七北田川)沿いの中の島に草庵を結び居住していた雪峯行者が日夕礼拝祈念を罩められたという(境内掲示「賀茂皇大神社起縁」から引用)
こちらは本殿です。威厳のある佇まいです。
鳥居の脇に並ぶ石碑群です。
大山祇神社(宮城県仙台市宮城野区新田4丁目3-18)
宮城野区新田の住宅地に鎮座しています。
主祭神 大山祇神
古来新田と小鶴邑との間に鎮座し、大日堂と称し、石体の神体を蔵し、その表面は大日の梵字と元弘三年(一三三三)七月廿ニ日と刻されている。天明四年(一七八四)九月これを現在の地に遷し、寛政四年(一七九二)堂宇建立、同八年二月竣工を告げ、明治初年に至って祭神大山祇命なることが判明したので、社号を大山祇神社と改称した。(「仙台市史」(昭和28年版)から引用)
現地に行ってみて、社殿がいかにも仏教風で、ここはもともと大日如来を祀る寺院だったのがよく判りました。仙台市史の由緒説明から推測するに、明治初めに廃仏毀釈を免れるために神社に転換したということでしょうか。
社殿正面には神社名と並んで大日堂と記載された扁額があります。
境内には多数の石碑が配置されています。
EOS R, EF17-40mm F4L USM
熊野神社(宮城県仙台市若林区荒井7丁目17-8)
皇大神社(宮城県仙台市若林区長喜城山神18)
若林区長喜城の田園地帯に鎮座しています。
長喜城は、中世の豪族であった沖野氏らが築いた館の名前が今日まで地名として伝えられているものとのこと。この地域には居久根(いぐね)と呼ばれる、風雪から家屋敷を守るためや食料、建材、燃料として利用するために敷地を取り囲むように植えられた林に囲まれた屋敷が点在しています。(仙台市HP「わがまち緑の名所100選」参照)
長喜城の村社だったが明治43年(1910)に七郷神社に合祀された。今でも季節ごとに地区の祭りが開かれている。(仙台市HP「神社めぐり 七郷界隈」から引用)
1910年に七郷神社に合祀されたと記録されていますが、当神社は現在も丁寧にお世話をされているようです。
馬頭観音像は半分土に埋まっています。
手水鉢には天明5年(1785)奉納の文字が刻まれていました。
EOS R, EF24-105mm F4L IS USM
七郷(しちごう)神社(宮城県仙台市若林区荒井字押口56)
須賀神社(宮城県仙台市泉区野村萩塚1)