冠川(かむりがわ)神社(宮城県多賀城市新田南関合31-11)
七北田川を挟んで仙台市田子地区の対岸は多賀城市になります。冠川神社は多賀城市新田の七北田川から100mほどの場所に鎮座しています。なお、冠川とは七北田川の別名です。
新田より仙台市田子へ渡る橋の近くに冠川稲荷社がある。昔、冠川を今市より高森に渡る板橋があった。この橋を貴人が渡ろうとしたとき、冠が風に飛ばされ川に落ちた。それで冠川の名がある。川へ落ちた冠が新田に流れてきたが、それを狐がくわえて上ってきたので、その地に社を建てたのがこの稲荷社である。(多賀城市史から引用)
多賀城市のHP「多賀城市の文化財」には、この神社の来歴について次のように記されていました。
「明治43年(1910)6月、神社は、(略)市川村の村鎮守奏社宮に合祀(ごうし)されることになりました。しかし合祀の後もその社地は、「常に村人の拠り所で、由緒ある聖地であり続けた」と境内記念碑に記されているように、地域の人々にとって大切な場所でした。合祀から16年後の大正15年(1926)3月、地元新田の女性たちが本堂を再建し、さらにはそのお堂を守る鞘堂(さやどう)が昭和59年(1984)に、地元の男性たちによって建立されました。」
かつてこの神社は鬱蒼とした杉木立の中に鎮座していたようですが、現在杉の木はすべて伐採されています。
杉が伐採されたのは、東日本大震災以後のようです。津波がこの地区まで達したという記録は見つかりません。伐採がどういう理由で行われたのかは判りませんでした。
EOS R, EF17-40mm F4L USM
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